宿泊業界は、新型コロナウイルスの影響で大きな打撃を受けた業界のひとつです。インバウンド需要や東京五輪需要で国際級の宿泊施設が都内に多く建設されましたが、その多くが赤字となり結果的に倒産に追い込まれた例もあります。
国土交通省の観光庁が発表した「令和4年宿泊旅行統計調査」では、国内外の合計宿泊者数が2021年と比べると4割増えているものの、コロナ以前と比べると8割に満たない状況でした。しかし2023年3月現在は、全国旅行支援や外国人観光客の受け入れにおいて、規制が大幅に緩和されています。業界で生き残るためにも、宿泊施設は観光客や宿泊者をいかに獲得できるかが勝負となっていきます。
そこで重要なカギを握るのが「デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)」です。経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)」では、DXを以下のように定義づけしています。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
つまり、DXとは、生産性向上や業務の効率化のために、デジタル技術を有効に活用して働き方やビジネスモデルを変革させることを指します。
そこで本記事では、宿泊施設業界におけるDX化に着目し、その現状と課題、そして実際の導入事例を紹介していきます。
宿泊施設業界のDX化における課題
宿泊施設業界にとって、DX化は生き残りをかけた重要な指針です。しかし、以前からほかの業界ではDX化が進んでいたのにもかかわらず、なぜ宿泊施設業界ではDX化が進まなかったのでしょうか。
1.トラブルに対応しにくい
急に体調が悪くなってしまった場合やルームキーをなくしてしまった場合など予測していないトラブルが多々おきます。無人運営でフロント等にスタッフが配置されていない場合、宿泊者の不安は大きくなります。
2.おもてなしを提供できない
東京オリンピック誘致の際に強調されていた「おもてなし」は、日本特有の概念です。これは相手が喜んだり望んだりする物事を想像して自ら行う行動や心遣いを指し、まごころといった精神性や感性を重んじて裏表のない心で接客することです。その「おもてなし」に触れてみたいと感じる外国人観光客も多く、宿泊施設を選ぶ際に1つの指標となっています。DX化を進めると、「おもてなし」に触れる機会が減ってしまうという懸念もあります。
宿泊施設業界がDX化するメリットとデメリット
宿泊施設では、DX化に伴う課題があるがゆえにその推進が遅れていました。しかし、業務の一部分でもDX化を検討することによって得られるメリットもあります。宿泊施設業界がDX化した場合のメリット、そしてデメリットを述べていきます。
メリット
1.消費者ニーズに適応
コロナの影響で、非対面や非接触が新しい価値観となっています。安全に旅行するためにもなるべく混雑を避けてホテルに泊まりたいと希望する宿泊者も少なくありません。そこで台頭してきたのが無人ホテルです。無人ホテルとは、予約管理システムやITを駆使して運営され、スタッフが常駐しないホテルのことを指します。フロントに受付端末やタブレット端末が置かれており、宿泊者はそこでセルフチェックイン・アウトします。人との接触を避けられる安心さがあり、またチェックアウト時に混み合うフロントで待つ必要がなくなるので、朝時間がなくともスムーズにストレスなく過ごせます。
2.ヒューマンエラーの防止
心のこもったおもてなしは宿泊施設にとって重要な商品です。しかし、決して間違いが起こらないとは言えません。予約情報の確認やルームキーの受け渡しなどといったヒューマンエラーがでてしまいます。その部分を機械に任すことでミスをなくし、宿泊者の不快感・不満足につながらないようにできます。
3.人件費の削減
宿泊施設業界は売上が徐々に回復しているものの、依然としてコロナ禍前の売上状態に戻っていないのが現状です。売上を伸ばすことだけでなく、必要経費を抑えることも重要です。 コストの大きな割合を占めている人件費を削減することで、収益性を向上できます。また、宿泊業界の深刻な人手不足対策にも有効です。
デメリット
1.システム導入時の費用
無人化運営のためのシステムを導入しようとすると、多額の費用がかかります。システム導入自体のハードルが高い点に加えて、費用が必要となると足踏みをしてしまう宿泊施設は少なくありません。また、システムを使いこなせなかった場合、多額の費用だけがかさみます。
2.差別化が困難
接客は宿泊業界においてほかの施設と差別化できる大事な武器です。しかしDX化を進めると、明確な差別化が難しくなります。すべて自動化され効率的に運営できるのと裏腹に、DX化を導入した宿泊施設で激しい競争が待っています。DX化導入以外でも、差別化できるポイントを作る必要があります。
3.教育にかかる時間
DXを導入すると、従業員への教育だけでなくそれを実践して宿泊者に提供できるまで時間がかかります。もし不十分な状態で導入してしまうと、ミスが発生して宿泊者とのトラブルになる可能性も考えられます。
宿泊施設によるDXの導入事例
DX化導入は一部デメリットが考えられるものの、以下のような成功例をみるとメリットの側面が大きいです。本項では、DX化を導入して成功した企業を紹介します。
陣屋
陣屋は神奈川県秦野市の鶴巻温泉です。バブル崩壊から売り上げが下がり続け、倒産直前までの経営不振に陥りました。そこで開発し導入したのが「陣屋コネクト」です。陣屋コネクトでは、宿泊の予約をする機能だけでなく、レストランなどの予約もスマホから可能にしたり、QRコードで無人セルフチェックイン・アウトができたりします。現在は全国で500施設に導入されています。宿泊業界でDX化の先陣を切っている陣屋は、2018年に日本サービス大賞の総務大臣賞を受賞しました。
星野リゾート
日本を代表する総合リゾート運営会社のひとつである星野リゾートは、2020年の緊急事態宣言を受けてから、宿泊者が安心・安全に施設を利用できるようにするため、オリジナルIoTサービスを開発しました。これは、センサーで大浴場の混雑状況をかんたんに可視化できるシステムで、どの時間に大浴場が混むかも予想できます。さらに、infocom(インフォコム)が提供する食品温度管理IoTサービスも導入し、冷蔵庫の温度データの自動収集・保管および温度異常の自動通知がくるようにしました。人の手で約30時間かかると予想されていた検温作業を効率化でき、食品の管理もできるためフードロスにもつながります。
東急ホテルズ
国内45店舗を展開している東急ホテルズは、NECのスマートホスピタリティサービスを導入し、フロント対応のDX化を実現しています。これは、事前に宿泊情報と顔写真を登録しておくだけで、フロントのタブレット端末に顔をかざすと、自動でチェックインできるシステムです。感染拡大の影響で非接触対応を希望する顧客ニーズに適応し、さらにタブレット端末を店舗に設置するのみでコストも抑えられます。
まとめ
宿泊業界は、新型コロナウイルスで大打撃を受けた業界です。DX化推進はほかの業界と比べるとまだまだ後れを取っていますが、無人運営ホテルや混雑状況の可視化など徐々にDX化への取り組みは広がっています。完全な回復が見込まれない中、宿泊業界で生き残るためにもDX化は必要不可欠です。