経済産業省が発表した「スポーツDXレポート」では、サッカーの放映権料の推移に着目しています。2013/14シーズンから2018/19シーズンにかけて、国内Jリーグの放映権収入は2倍以上にまで増加しており、スポーツビジネスとして成長していることが読み取れます。その要因としてOTT(Over The Top:コンテンツ配信サービス)の普及が挙げられているように、近年のスポーツビジネスの分野では、インターネット配信によるスポーツ観戦のシステムが整っています。
このようなスポーツ業界の取り組みは、「デジタルトランスフォーメーション(以下、DX)」と呼ばれます。経済産業省の「デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX 推進ガイドライン)」では、DXを以下のように定義づけしています。
「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」
つまり、DXとは、生産性向上や業務の効率化のために、デジタル技術を有効に活用して働き方やビジネスモデルを変革させることを指します。
そこで本記事では、スポーツ業界におけるDX化に着目し、その現状と課題、そして実際の導入事例を紹介していきます。
スポーツ業界のDX化における課題
スポーツ業界は、髄所にDX化の要素が見て取れます。加速していくデジタル化社会の中で、スポーツ業界ではどのような変化が起こっているのでしょうか。
1.スポーツビジネスのデジタル化
スポーツビジネスの中でも、世界規模でNFTやファンタジースポーツが注目を集めています。いずれもインターネット上のコンテンツとして欧米諸国を中心に爆発的な広がりを見せています。しかし、日本ではいずれも法律に抵触する可能性があり、全面的な導入には至っていません。
・NFT(ノンファンジブルトークン)とは
ブロックチェーン技術を用いて作成された、代替不可能なデジタルデータです。デジタルデータに固有の価値を与え、所有権を証明する役割を果たします。
・ファンタジースポーツとは
実在するスポーツ選手を使った空想のチームを作り、現実の試合における選手の成績をポイント化して総合ポイント等を競うシミュレーションゲームです。
2.データ収集の懸念点
スポーツ業界においては、選手の個人情報や成績、トラッキングデータなど、細かな情報を収集・管理することで、ユーザーに価値を提供します。半面、選手の個人情報保護や高精度センサーの導入など、検討が必要な問題も多々あります。
・トラッキングデータとは
ユーザーの行動や物事の動きを追跡して収集したデータです。スポーツにおいては、選手やボールの動きを計測して数値化したデータのことを指します。
スポーツ業界がDX化するメリットとデメリット
スポーツ業界では近年さまざまな場面でDX化が進められています。競技の公平性を保つ目的や、ビジネス領域の拡大など、その有用性は多岐にわたります。一方で、データの悪用や法整備の必要性など、懸念点も多々あります。そんなスポーツ業界がDX化した場合のメリット、そしてデメリットを述べていきます。
メリット
1.細かな試合情報が確認可能
野球やサッカーにおける試合情報は、勝敗や得点選手だけではありません。投球スピードやスプリント回数、ファウルの判定など、豊富な情報が生まれています。センサーやカメラなど、試合会場に豊富なDXを取り入れることで、そういった細かな情報を取りこぼさずに収集することが可能です。これらデータ収集技術の発達により、データを提供するというビジネスの需要も高まっています。
2.運営の効率化・多様化
スポーツ業界におけるDXは、大会やチームの運営でも活用されています。実際に行われている取り組みとして、電子チケットの導入や、SNSの活用によるマーケティングなどが挙げられます。大会での業務効率化や、新規顧客獲得に効果的な取り組みをDXは支えています。
3.新たな収益源を生み出す
スポーツDXは、スポーツ業界における新たな収益源を創出しています。冒頭で挙げたOTT(Over The Top:コンテンツ配信サービス)を含むデジタルコンテンツビジネスや、さきほど挙げたデータビジネスなど、すでにスポーツDXを活用した新たなビジネスが誕生しています。
デメリット
1.個人情報の取り扱いに注意が必要
DX化を進めるうえで、取得したデータの扱いに注意が必要です。選手の個人情報や身体データ、ファンのチケット購入履歴など、DXの導入に伴って扱う情報の量が増加しています。データの価値が高まっていく中で、流出や悪用に備える必要があります。
2.法整備の必要性
スポーツのDX化に伴い、新たなビジネスや価値の創出にともなう法整備が必要不可欠になります。主に欧米諸国では、豊富なデータを利用したファンタジースポーツのようなスポーツベッティングが勢いを増しています。しかし、日本では賭博罪に該当する可能性があるため、全面的な導入には至っていません。また、日本国内のスポーツデータに関する権利の保護という観点でも、法整備が急がれます。
3.高額な設備投資
どの分野においても、DX化には少なくない設備投資が必要です。スポーツ業界の場合、試合データの観測用センサーや、スタジアムのインターネット環境整備など、資金面での負担は無視できません。競技の規模や運営体制によっては、DXの導入が遅れることも考えられます。
スポーツ業界によるDX化事例
サッカー
Jリーグでは、2025年に株式会社リコーと未来育成パートナー契約を締結しました。株式会社リコーは、サッカーのコーチングを支援するソリューション「EMPATHLETE」(エンパスリート)を展開しており、選手育成にアプローチしたDXを提供します。
本ソリューションでは、全周囲を撮影可能な360°ウェアラブルカメラBR1を活用した選手の360°視野映像とピッチの俯瞰映像を同期させ、プレーの確認・改善に活用することが可能です。
撮影した360°視野映像はVRゴーグルを用いた追体験も可能で、プレー中の選択肢や背後のプレイヤーの動きなどを振り返ることで、プレーの質の向上に貢献します。

参考:Jリーグ「株式会社リコーとJリーグ未来育成パートナー契約を締結」
EMPATHLETE ホームページ
野球
パシフィック・リーグに所属する埼玉西武ライオンズでは、2024年にデータ戦略室を立ち上げました。
西武ライオンズでは、スコアラーやバイオメカニクス担当者など、すでにデータの収集や解析を行うスタッフが在籍しています。しかし、各部署ごとにデータの提示を行っており、現場に提供される情報が断片的になっていました。そこに改善の余地を見出し、データの一元化を図るべく活動を始めたのが、データ戦略室です。
球場内の各センサーや体成分分析装置など、豊富なデータを集約し、選手、コーチ、分析担当やフロント職員まで同じデータにアクセスが可能な環境の構築を目指しています。

「プロスポーツ界にもDXの波!西武ライオンズのデータサイエンティストの仕事とは」
参考:西武ライオンズ公式note「プロスポーツ界にもDXの波!西武ライオンズのデータサイエンティストの仕事とは」
TECH+「埼玉西武ライオンズ「データ戦略室」始動! 思い付きで正しく成長できるチームへ」
バスケットボール
ソフトバンク株式会社はB.LEAGUEおよび長崎ヴェルカとともに、長崎県の五島、上五島、壱岐、対馬の離島の中学生を対象とした「B-RAVE ONE Remote Coaching(ビーレイブワン・リモート・コーチング)」を行いました。離島で懸念される教育や経験の格差を埋める取り組みとして、スポーツDXを活用した新しい教育の環境構築を目指しています。
本企画では、ソフトバンクのスポーツ支援サービスである「AIスマートコーチ」を用いたオンラインでの指導や、試合のプレー成績を簡単に記録できるウェブサービス「MY試合記録」を活用し、離島の子どもたちにバスケットボールに取り組む機会を提供しました。

参考:AIスマートコーチ ホームページ
ソフトバンク「スポーツDXで地域格差の解消を目指す「B-RAVE ONE Remote Coaching」を実施」
まとめ
スポーツ業界では、すでにさまざまな形でのDX化が進んでいます。今後は法整備による市場規模の拡大や、DX化の更なる拡充が課題になってくると予想されます。今後のスポーツDXからも目が離せません。